2012年6月1日金曜日

国際政治学とか何とか | グローバル経済と国際政治(2)


古城佳子 「国際政治におけるグローバル・イシューと企業」『国際政治』第153号, pp. 30-41.

大屋根氏によれば、この論文は
「TRIPS協定(知的財産権の貿易関連の側面に関する協定)や先進国の選好の変化に関連づけ、アクター間関係の構図を明示している。また、その構図に基づいて、途上国が意外にもTRIPSを履行する背景を浮き彫りにしている。古城が極めて説得的に論じているように、国際関係上の企業の機能は再検討する必要があろう。」(pp. 8-9)
とのことです。

国際関係上の企業の機能とは何なのか。

ええと、古城氏の論文を読んでもよくわかりませんでした(-_-)。

「企業は、国際関係にどのような問題をもたらすのであろうか。第一に、企業活動が引き起こす国際経済の不安定化の問題がある。通商摩擦、金融危機、雇用不安などは、企業活動にともない引き起こされる。市場の失敗と呼ばれる問題である。企業活動に対する規制が緩和されればされるほど、国際経済の安定に企業の活動は密接に関係するようになった。…これに対し、第二の問題点は、企業活動が経済分野以外の問題を引き起こす場合である。企業の活動にともなう環境破壊、途上国に進出した多国籍企業における労働条件の悪化などの人権侵害、途上国政府の汚職などの政治腐敗、食の安全を脅かす健康被害などがあげられる。」(p. 30)

Q1: なぜ「通商摩擦、金融危機、雇用不安など」は市場の失敗として捉えられるのか。

Q2: なぜ「企業の活動にともなう環境破壊、途上国に進出した多国籍企業における労働条件の悪化などの人権侵害、途上国政府の汚職などの政治腐敗、食の安全を脅かす健康被害など」は市場の失敗として捉えられていないのか。

「市場の失敗」の最も典型的な例として経済学の教科書によくあげられるのは環境破壊です。通商摩擦がなぜ「市場の失敗」とされるのか。まああ、そういう場合もあるかもしれませんが、経済学者はふつう、通商摩擦を「市場の失敗」ではなく、市場に対する「不当な」政治的介入と見なすでしょう。


何がスピーチを保護されていますか。

「第三に、企業が売買する私的財がグローバル・イシューの対応に欠かせない場合である。市場は希少資源を最大限に活用するメカニズムを有しているが、必要とするすべての者に財を配分しない。医薬品は、その典型的な例である。…医薬品は私的財であり、代価を支払った者に消費は限定され、誰かが消費すればその分、便益は低下する。感染症対策にとっては、誰もが医薬品を利用できること(医薬品へのアクセスの保障)が望ましいが、市場メカニズムを通してそのような配分は起こらない。医薬品の他には食料などもこの例として挙げられる。利潤を上げることを目的とする企業による私的財の供給の動向がグローバル・イシューへの対応� ��影響を与えることになる。」(p.31)

ふむふむ。

「特に、第三の問題については、グローバル化における企業活動の変化により近年急速に関心を集めてきている。特に、第三の問題については、WTOにおける知的財産権保護を規定したTRIPS協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)の締結が途上国の医薬品へのアクセスを阻害するという批判を受けWTOの交渉が紛糾したことにより、企業の生産活動が国際政治に与える影響という問題としてクローズ・アップされた。知的財産権保護強化の立場からTRIPS協定を支持する先進国、製薬大企業と医薬品へのアクセスを重視する立場からTRIPS協定に反対する途上国、NGOとの対立が明らかになったのである。」(p. 31)

ふむふむ。

「従来、高い経済力を有し、技術開発が進んでいる国では、知的財産権の保護が進んでいると言われている。言い換えれば、先進国での保護水準は高く、途上国での保護水準は低いと考えられる。しかし、TRIPS協定の履行状況をみると、途上国でも履行している国は多い。TRIPS協定が途上国の医薬品アクセスを妨げるものであると途上国が批判していたにもかかわらず、なぜ途上国の中で履行する国が多いのだろうか。本稿は、企業の動向に着目することによって、この問いの答えが明らかにすることを目的とする。」(p. 31)

なぜ多くの発展途上国は、医薬品の生産能力がなく、医薬品の知的財産権を求める必要がないにもかかわらず、それを保護することで低価格の医薬品のアクセスを阻害するであろうTRIPS協定を履行しているのか。


オリジナルの管轄とは何か

パズルが明確な非常に質の高いリサーチ・クエスチョンといえます。ほとんどの人は、発展途上国はどこでも医薬品のアクセスを阻害する協定に反対しているにちがいないと予想するでしょう。それに対して著者はその常識的見解に反する事実を提示した上で、その理由を説明しようとしているわけですが、その説明がうまくいけば、新たな知識をわれわれに提供することになるし、また常識的見解とは異なる説明を試みるということで反証可能性の高い議論を行うことにもなります。

これに対して、「これまで発展途上国の製薬企業についての研究はあまりなかった。そこで本稿では先進国の製薬企業と比較することで、発展途上国の製薬企業の諸特徴を明らかにしたい」なんてリサーチ・クエスチョンはパズルもないし、反証可能性もまったくない質の悪い問いかけということになります。

★知的財産権保護と公衆衛生
「世界的に知的財産権を侵害する不正商品の横行が顕著になると、GATT(貿易と関税に関する一般協定)において貿易という観点から知的財産権保護のルール化が課題となった。86年に始まったGATTウルグアイ・ラウンドでは、「不正商品の貿易を含む知的財産権の貿易関連の側面」が交渉課題となった。特に、米国では、国内の先端産業(半導体や医薬品産業)が、知的財産権保護を国際的ルールにより強化することを強く政府に働きかけた。国際収支の赤字と財政赤字という双子の赤字に悩んでいたアメリカ政府は、アメリカの産業競争力向上を重視し、先端産業団体の要求を受け容れ、GATTの交渉では知的財産権を議題に加えるよう積極的に交渉を主導した。米欧日の産業界同士の合意形成も先進国政府間合意に影響を与え、TRIPS協定� �交渉は、不正商品の規制だけでなく著作権や特許などを含む国際的な知的財産権保護のミニマムの基準を設けることをめぐって行われた。」(pp. 31-32)

Q3: 米欧日の産業界はどのように、またどのような合意を形成したのか。


私たちの最高の法律は何ですか

「TRIPS協定は、WTO(世界貿易機関)設立協定とともに付属文書として採択され、95年に発効した。この協定締結により、著作権、商標、地理的表示、意匠、特許、集積回路、トレード・シークレットなどの広い範囲を盛り込む知的財産権の保護水準が国際的に設けられることとなった。特許の中に、医薬品の物質特許保護も義務づけられ、これにより、医薬品の発明は、物質そのものだけでなく製造方法も特許の対象とすることが義務づけられた。医薬品も含めた特許の保護期間は、出願日から計算して20年間とされた。従来、先進国においても、市民の健康に取っての必需品であり、公共性の観点から特許になじまないととらえられることも多く、知的財産権� �保護に前向きな国でさえ、TRIPS協定の交渉開始時に医薬品特許が知的財産権保護の対象となっている国はそれほど多くなかった。」(p. 32)

ふむふむ。

「HIV/エイズ感染の増大という状況の変化によって、TRIPS協定は国際公衆衛生という観点から批判を受けことになった。援助や開発に関わるNGO(国境なき医師団、Oxfamなど)が中心となって、先進国の研究開発型製薬企業による特許がエイズ治療薬の価格を上昇させ途上国の感染患者のエイズ治療薬へのアクセスの障害になっているとして、医薬品特許を定めたTRIPS協定を非難する「医薬品アクセスキャンペーン」を展開し始めた。」 (p. 33)

ふむふむ。

「医薬品キャンペーンは、途上国政府(ブラジル、インド、タイ、アフリカ諸国)や多くのNGOを巻き込んで展開した結果、WTOでは、01年、ブラジル、インドなどの途上国の提案によるTRIPS協定改正案が検討されることとなった。WTOのドーハ開発アジェンダ(ドーハ・ラウンド)での交渉の結果、01年11月「公衆衛生に関するドーハ宣言」が合意された。この宣言では、HIV/エイズ、結核、マラリア及び他の感染症に起因する公衆衛生の問題の重要性が確認され、知的財産権保護が価格へ影響することへの懸念が表明された。そして、すべての人々の医薬品へのアクセスを促進するということはWTO加盟国の権利であり、そのためにはTRIPS協定の柔軟性を最大限用いる権利を確認した。その上で、公衆衛生の目的のために、TRIPS協定が備えてい る柔軟性を解釈、実施されることが確認された。すなわち、この宣言は、公衆衛生を医薬品特許に優先させることを明確に示すものとなった。


この宣言では、TRIPS協定31条にある強制実施権(compulsory licensing: 特許発明の使用には特許権者の許諾が必要であるが、一定の条件下において特許権者の許諾を得なくても特許発明を使用する権利を第三者に認めることができる権利)の行使について、HIV/エイズ等による公衆衛生の危機的な状況が国家緊急事態に相当するものとして、特許権者との事前の協議が無くても、発動できることとされた。しかし、31条の規定は、強制実施権は国内市場向けへの供給のために許諾されるというものであり、医薬品の製造能力を持つ国に対しては、公衆衛生上の問題に限って、政府が特許対象の薬品を製造・頒布することを保障するものであったが、医薬品の生産能力が不十分あるいは全く備えていない国にとっては、医薬品へのアクセスは保障されていなかった。このため、02年末までに理事会で引き続き検討され� ��ことも、宣言で義務づけられた。」(pp. 33-34)

ふむふむ。

「01年から05年までの交渉は、TRIPS協定をできるだけ狭く解釈し知的財産権保護の抜け穴を小さくすることを支持する先進国と公衆衛生上の理由があれば緩やかに解釈することを望む途上国との意見対立の調整であった。…交渉は難航し、交渉期限を越えた03年8月にようやく決着した。この決着により、医薬品の生産能力が不十分あるいは全く備えていない国からの要請があった場合には、医薬品製造国が国外市場に輸出することが認められることになった。その後、第31条にある履行義務免除を恒久的にすることになった。その後、第31条にある履行義務免除を恒久的にするための改定案が協議され、05年12月に改定案が合意された。これはTRIPS協定の初めての改正となり、改正する議定書の発効には、加盟国の三分の二が受諾する� �要がある。」(p. 34)

ここでの「医薬品製造国」とは、強制実施権を発動して医薬品を製造した国のこと?

いま、不思議なことに気づきました。この論文には製薬"企業"がひとつも登場してきません。


Wikipediaによれば、医薬品メーカー総収入ランキングは以下の通りです。
1. Johnson and Johnson (U.S.)
2. Pfizer (U.S.)
3. Bayer (Germany)
4. GlaxoSmithKline (UK)
5. Novartis (Switzerland)
6. Sanofi-Aventis (France)
7. Hoffmann-La Roche (Switzerland)
8. AstraZeneca (UK/Sweden)
9. Merck & Co. (U.S.)
10. Abbott Laboratories (U.S.)
11. Wyeth (U.S.)
12. Bristol-Myers Squibb (U.S.)

18. Takeda Pharmaceutical Co. (Japan)
22. Astellas Pharma (Japan)
23. Daiichi Sankyo (Japan)
25. Eisai (Japan)
37. Chugai Pharmaceutical Co. (Japan)
40. Taiho Pharmaceutical Co. (Japan)
43. Mitsubishi Pharma (Japan)
46. Dainippon Sumitomo Pharma (Japan)
47. Kyowa Hakko Kogyo (Japan)
48. Shinogi & Co. (Japan)
だそうです。発展途上国の製薬企業は五十位以内には一つもランク入りしていませんでした。ちなみにインドには、Ranbaxy Laboratories、Cipla、GlaxoSmithKlineといったジェネリック製薬企業があります。

でも、この論文にはそういった製薬企業が登場することもなく…

企業が見えないまま、企業の活動が国際政治に与える影響がますます大きくなっている」(p. 30)ことを明らかにできるのか???

謎が深まるまま次回に続く。



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